毎回、帰省の時にはそうするように、
家の近くをぐるりと散歩をする。
愛犬・カイくんとの散歩道をたどる。
カイくんのお墓にも立ち寄り、手を合わせる。
途中で、祖父の猫だったキーちゃんのお墓にも寄る。
その散歩道の風景を私は愛していて、
何度写真に撮ったかわからない。
そういう道は、多分、この道だけ。
色んな歌を歌ったその道。
色んな想いで歩いた道。
12歳の時は、とにかく、ずっとカイくんに話しかけながら、歩き続けた。
親に言えないどろどろした想いを、相手を目の前にして言うふりをしながら、
カイくんにつぶやき続けた。
不思議な演劇だったと思う。
もっとも、彼は、全く聞いてないように、お散歩に夢中だったけれど。
今思えば、カイくんと演劇によるセラピーをつくりだしてたんだと思う。
今でも、わたしのよい相談相手でいる気がする。
ブログに毎晩、こうして、とりとめもないことを書き連ねるのも、
カイくんと夜にお散歩しながら話しかけているみたい。
カイくんに昔、そうしたように、今は、日記を手に入れて。
カイくんは、聞いているようで、聞いてない。
そういうことが、大事。
正対して聞かれたら、話せない。
話せたらいいわけで、アドバイスとか、傾聴とか、望んでない。
ブログもそれに似ていて、誰が読んでるか、読んでないかもよくわからない。
どう読まれているかも、わからない。
暗闇に向かって、話している感じ。
その独り言感。
でも、カイくんがいないと、話せない。
不思議なコミュニケーション。
道が持つ記憶。感傷。
もう、これ以上書くのはやめよう。