同僚と、元同僚と3人で、厄落とし御膳をいただきに哲学の道へ。

ほんの少し紅葉も始まり、金木犀の匂いは甘く漂い、この上ない散歩道。

いい時間だった。

その後、高校時代の友人の個展を観に北白川・ちせへ。
屋根裏のギャラリーで、心打たれ、動けなくなる。
今の私に響く絵、言葉だった。
この絵たちを、自分の心にかざっておきたいのか、
それとも、その人に贈りたいのか、
そういうことがよくわからなくなる。
鏡なのだ。
自分を映す鏡。


夜。丹後王国へ。
130キロの道程を、びゅんびゅんドライブ。
夜道に響く音楽たちは、非常に感傷的。


実家に戻る道は、過去に戻る道。

高校時代の強烈な絶望や思慕や嫉妬や憧れの感情を思い出す。
かたちを変えていまだ渦巻き、時に私を引き裂きそうになるその感情たちを。


トロンボーン吹きの先輩が好きだった。
女性だけど中性的で、とてもかっこよく、魅力的な人だった。
彼女が夕暮れの屋上で吹いた「韃靼人の踊り」のソロが美しすぎて、泣いた。
学校に不適応だった彼女の小学・中学時代のエピソードは、それを理解したいという思いと、理解することはできないという思いで私をぐるぐるまきにした。それは、その後長く続く創造的不適応への思慕と嫉妬という感情だった。
長く、彼女とは手紙のやりとりをした。
私は、彼女と深くつながることを望んだし、彼女もそうだったのだと思う。
でも、いつしか、そのやりとりは途絶えた。
未だ解くことのできていない事件のようなもの。




自分勝手な欲望を歌にすると、どんなだろう。
あの日から続く、脈拍。
これも事件。




解けない問いは、踊るしかないわけで。
秋の道で舞ってみる。