土に触れる

なんとなく落ち着かない時や不安な時は、手を動かしたくなる。

また、手を動かすことで、随分と余計な感情から自由になれる。

料理をする、楽器を弾く、掃除をする、絵を描く。

 

時々、無性に土や植物に触れたくなる。

子どもの頃、ずっと家の庭の草を抜いたり、穴を掘ったりしていたように。

思い立ってホームセンターに立ち寄り、ベランダ菜園を始める。

好きなハーブはたくさんあるけれど、まずは、バジルとイタリアンパセリ。そして、ミニトマト

 

空には雲ひとつない。

春の風が心地よくベランダを吹き抜ける。

前に買ったクチナシの蕾もふくらんできている。

2015年に作った「五十の夢」には、ベランダ菜園で育てたレモングラスでお茶を飲む、という項目がある。ほんの少し、夢に近づく。

 

午後はzoomで書籍についてのミーティング。

「終わりに」に、何を書くか。この本を書き始めた時は、まさかこういう事態になっていようとは夢にも思わなかった。どんな言葉で、この本を締めくくるのか、考えながら日々を過ごしていく。

夕方には、同僚から、学校のHPを整えてくださったとの連絡。感謝。
どういう選択になったとしても、動けるように、声が届くように、ちょっとずつ準備。

ウクレレを練習し、料理をし、暮らしの道具を頼み、合間にとても好きな映像を見つける。

ウクレレYoutubeで学んだし、料理もガーデン作りもオンライン授業のコツも、全て動画で学べてしまう。オンラインで学び、実生活に生かす、使うというのはもはや自然なこと。それでも、実際に目の前で教えてもらったり、学んだりする場合の学習への意欲や速度、豊かさは全然違うと感じることも多い。息遣いやその人の持っている雰囲気、空間のエネルギーなどから五感を使って得ているものが、たくさんあることにも気づかされる。オンラインで学んで、やっぱり、直接会って学びたい、話を聞いてみたいと感じることもたくさんある。逆に、学び始めのハードルの低さ、気軽さはオンラインの強みかな。

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実家の庭。土いじりが好きな母のつくった庭には、色んなハーブが育っていた。

 

ここ1週間、眠る前に読んでいるのは、「ファシズムの教室」。

http://www.otsukishoten.co.jp/book/b505628.html

www.otsukishoten.co.jp

 

特別な気配の中で、読み進めている。

 

 

 

 

六弦に憧れる。

出勤。
学校日誌の更新、教材作成、在宅勤務中の職員へ他校の実践等の情報提供(教職員LINEグループで)、備品整理、学童のサポート、諸々の打ち合わせ。

 

帰りにホームセンターに野菜の苗を買いに行く。

巣ごもりの週末の楽しみにベランダ菜園を始めるのだ。

 


夜。

湯川潮音さんのインスタライブを聴く。

柔らかいギターの音色、美しく、やさしく、でも、心の奥まで届く歌声。

一度、京都の小さなカフェでのライブに行ったことがある。
妖精のような佇まいと、光に満ちた歌声だった。

いつも、音楽に助けられている。

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昨日の夕暮れの虹。

今日の夕方も虹を見た。

ウクレレとギターの音色の重なったその先に。

私も、いつか、六弦を奏でられるようになりたい。

 

そう思いながら、四弦のアルペジオを練習している。

 


湯川潮音 ヒーロー 101218 山本有三記念館 Ust

 


明日になれば


今日のインスタライブの最後は「なごり雪」のcover.
すごくよかった。
そうか、このCMは湯川さんの歌声だったんだ!
今も覚えているくらい、印象深いCMだった。

これは、プレイバックシアターだな、と思いながら見ていました。


【泣けるCM】SUUMO(スーモ)TVCM 『最後の上映会篇long ver』

温度


在宅勤務2日目。

学校のHPの記事をアップすることから始まる。
同僚とLINEで諸々の打ち合わせをしながら。
途中、友人とzoomで話し、公立小のよい取組事例も教えてもらう。

やったことのないことをやってみるシーズン。

これまでの当たり前にとらわれることなく、意味のあるものを新しくつくっていく。

限りある条件のもとで。

 

 

長らく気持ちの切り替えができず、鬱々としていた。

ようやく、少しずつ私が出来ることも少し見えたような気がした日。

 

温度。

紙ベースであっても、web上のものであっても。

手書きでも、テキストでも。

私は、温度のあるものを読みたいし、そういうものを書くように心がけている。

対象に語りかけるように。

 

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今日は、ずっとキセルを聴いていた。

いつか、京都の磔磔で聴いたんだ。

 

デザイン

2月末に書こうと思っていたのに、気持ちが落ち着かないことが色々あり、日が過ぎていく。2月23日の糸井登さんの還暦記念セミナーでのグラフィックのことや、場づくり、ファシリテーションについての石川さんの考察。

suponjinokokoro.hatenadiary.jp

 

石川さんの「構造を見る・読む視点」に、いつも衝撃を受ける。

これまでも、学校に来ていただき、合唱曲や文学作品、説明文、映像、そして授業や場づくり。それら全てを構造的な視点で分析を加えることで、見えてくる世界が変わることを教えていただいた。構造に目を向けることで、見える世界が、全く異なってしまう。例えば「入り口と出口は同じがいいよ」と、卒業式前には、1年生で読んだ絵本を読み聞かせることを奨められた。先日の、公開授業前の国語科「プラタナスの木」の事前研では、黒板の逆Yチャートが、「根っこ」になっているのは、物語の内容と板書が構造的に対応しているということを指摘された。

 

ああ、いかに、私たちは、見えていないのか。見えていない中で、ああだこうだと言っているのか。思い知らされるのだ。毎回、毎回。

 

そうして、私は、これまで「構造」を読む、デザインするということについて、文学作品を読むことや、授業の分析、研修会づくりを通して学んできた。だから、今回の場づくりも、石川さんからの学びが生きた場だったのだと思う。

 

ただ、あまり、そういうことを、言語化したり、意識的にやったりすることが苦手で、

この前のグラフィックも、いつものごとく、思いつきと感覚でやっているような感じだったので、こうやって、クリアに言葉で説明していただくと、ひええっとなる。本当に、いつもながら場を見る視点が独特。さすが石川さん。

 

少しだけ、私のストーリーを話すとすると、この日の企画については、いくつかアイデアがあった。午前中の私の担当は、約30分程度。考えていたことは次のようなこと。

キーとなるコンセプトは「出会い」。これは、その日も話したけれど、糸井先生という人を象徴する言葉だと思っていたので。では、具体的に、どんなワークをするか。

 

一つは、私と糸井さんの関わりの一つが「演劇」であったので、参加者の方に、糸井先生との出会いのエピソードを、静止画にしてもらい、パフォーマンスをする、ということ。もう一つは、ヒストリーを可視化したヴィジュアル・アートとして表現できないか、ということ。さらに、その場に集った人に「人間ものさし」をしてもらい、それぞれの方の糸井先生との「出会い」を共有できると、そこから糸井実践が浮かび上がってくるのでは、ということ。あと、せっかくの社会科教師として、歴史を丁寧に教えてこられた糸井さんの会なので、年表のような記録を残したいということ。ごちゃごちゃと考えて、決められずにいた。取捨選択が苦手。

 

結果的に、その日の吉川さん・川本さんとの朝の打ち合わせで、私の「人間ものさし」は、ウォームアップがいいだろいうことになり、最初のワークに決定。演劇人の蓮行さんにもワークをお願いしていたこともあり、演劇系のワークの選択肢は捨てて、「人間ものさし」で、それぞれの糸井さんとの出会いを語ってもらい、それを、年表に位置付けてもらう、ということになった。石川さんのブログに書かれている通り。

 

「年表」のアイデアには、二つのヒントがあった。 

一つは、2016年夏に参加した、PETA(フィリピン教育演劇協会)主催のInternational People's Theatre Workshopでの初日のワーク(ワークショップは、約1週間の内容だった)。

部屋に入ると、翌年50周年を迎えるPETAの 歴史の記録が写真のように上段に貼られていた。1967年の設立から現在に至るまでのPETAにとっての重要な出来事が記されている。PETAでは、コミュニティや人々の歴史を尊重しながら実践が行われている。最初に年齢を聞きあうワークには驚いたけれど、その人の生きて来た年数や、年代の記憶、文化を、とても大切にしているからだそう。

 

その後、参加者の私たちは7枚の短冊を渡され、そこに、「自分の人生における3つの社会的に重要な出来事」と、「4つの自分の個人史における重要な出来事」を書き、PETAの歴史を響き合う形で貼っていった。貼り終わって、ランチ。その後、午後から2時間ほどかけて、参加者一人一人が、自分が貼った7枚について、語っていき、それをひたすら聞きあった。それは、なぜ、私がここに立っているのか、ということを示す出会いのワークでもあった。同時に、そんなヒストリーを持つ私たちが、今日、ここで出会い、協働的に何を生み出せるだろうか、ということを探る手がかりとなる時間でもあった。

 

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IPTW2016 International People's Theater Workshkp

もう一つのヒントは、2013年4月に行われた中学時代の同級生、あやちゃんとあらいくんの手作り結婚式での壁面装飾。同郷で中学2,3年同じクラスだった二人の結婚式。受付の後、一人一人写真を撮って、その写真を、自分が二人と出会った年代の所に貼り付けるデザインになっていた。最初は2本の赤い糸が、もちろん、最後には、結び合うようになっている。とても素敵な企画だったので、印象に残っている。
 

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中学時代の同級生あやちゃんの手作り結婚式

ということで、あの年表のレコーディングは、過去に出会った色んな実践にヒントを得て実現したことだった。

私は、場をデザインすることや仕組みを作ることは、とても好きだけれど、最初からデザインがあって、それに合わせて行動する、という感じては全然ない。今回のことも、結局、自分では決めきれなくて、打ち合わせやその日の状況で、結局、即興的に決まっていく部分が大きい。で、結果的に、後付けで、デザインが決まる。今回の場合だと、本人も、言語化できず、意識していないことが、石川さんという人によって、発見された。

実は、今、美濃山小の公開研のデザインについての文章を書いているのだけれど、これもまた、参加者の方から、デザインの意味合いや機能性、効果について、教えてもらった。企画者本人には見えていないものも、随分とあるのだと思う。いや、プロのデザイナーは、そういうのも、見えているんだろうけど、私は、言われて初めて、気づくことが多い。まあ、そんなものなのかな。ユーザーの方が、デザインの優れた点とか、いけてない点とか、よく気づくんだろうな。で、それをフィードバックして、洗練されたデザインになっていくのかな。

 

いつも行っているヨガスタジオもお休みになり、学校も休み。行き詰まり感が大きく、気持ちが滅入る。救いは、春の匂いがすること。

 

ハクモクレンを、見たい。

2015年に見た、三鷹台のハクモクレン。 

https://www.instagram.com/p/0hgcDuC8aD/

 

三鷹台のハクモクレン。きれい。

手放す

 

 

小さな、小さな、見えない傷

ないもののように振舞っている

怒りもしない、反発もしない

取るに足りない傷だから

けれども、いちばん自分にとって大切な部分が

蝕まれ続けていくようにも思う

気づけば、意欲を失い、使命感さえも見失ってしまいそうだ

そういう支配の方法なのかもしれない

そして、わたしたちは、そういうふうに、誰かを支配しているかもしれないとさえ思う。

意図も、意識さえもすることなく。

自分が大切にしてきたもの、つくってきたものさえも、

自分の手で壊したくなっている。

望まれるのなら、全てをきれいに消し去って、

なかったことに。

執着はない。

これが、手放すということなのだろうか。

2年前に描いた「手放す」というテーマの絵は、

こういう意味だったのだろうか。

自分と問題を切り離して考える、ということは大切で、

そういうレッスンを、してきたということなのかもしれない。

旅立つ時だと思う。

ずっと前から、そのことには、気づいている。

 

https://www.instagram.com/p/Bfk5dNWD1TL/

一年後。

2018年の春に描いた絵。

2年越しのHand Over.

 

手帳

新しい手帳をおろす。

赤色。

後半のノートの部分に、願いごとを書く。毎年恒例。

 

冬休みにやりたかっことは、全然終わってないけれど、

明日から仕事。

きっと、仕事が始まる方が、色んなことが進み始める。

休みが続くと、眠れなくなるし、起きれなくなる。

寝付けないのがつらい。

多分、あんまり疲れないので、寝付けないのだと思う。

毎日、疲れ果てて、ことりと眠りに落ちたい。

書籍執筆、ちょこちょこ修正。

too much emotionalな文章を直すのが、また難しい。

帰宅後の日常生活の中に、その時間と集中力を確保していけるようにするのが、明日からの課題ね。

 

散歩道

実家に帰ったら必ずする愛犬快くん(かいくっく)のお墓参り。

亡くなったのは2009年の2月なので、もうすぐ11年経つ。
彼との散歩道は、猪や鹿対策の金網が張り巡らされ、私の知っている、そして、私の愛する散歩道ではない。その悲しみとやるせなさを感じつつ、それでも、毎回、帰省の度に歩く。

風景も思い出も私のものだけれど、この道は、私のものではないのだ。

坂を登り、鱒留川にかかる橋を渡り、太陽の沈む方へと歩き、彼が眠っているところまで歩く。

手を合わせ、話しかけてみる。

彼は生きていた頃、彼は私のよい聞き手だった。

泣いていたら涙をぬぐうように顔中をなめてくれた。

毎日、私の帰りを、おおはしゃぎして、歓迎してくれた。

中学、高校生の頃、家に帰りたくない時、歩き続けたい時、ずっと散歩につきあってくれた。

大ゲンカして、噛み付かれた傷は、今も右腕に残っている。

もちろん、その出来事も傷も含めて、私は彼を愛している。

 

 

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晦日の帰省。仏壇の掃除、買い物、母と歌を口ずさみながらの紅白視聴、

新年の挨拶を終え、夜には八幡に戻る。私の帰省は、とてもQuick。

それは、自分が一人で暮らす家がすばらしく居心地がよいから。

そして、日常を愛しているから。

特別なハレの日は、多分、子どもの頃から、少し苦手なのだと思う。

できるだけ、日常に戻りたい。

自分が自分らしくいられる場所は、自分で選ぶ。自分で整える。

一番自分らしくいられ、一番いいパフォーマンスが生み出せる場所。

家に帰ったら、自分の家と部屋に話かける。

大好きだよ、去年はありがとう。今年もよろしくって。

きっと、この家も、私のことが大好きだと思う。

私は、色んな物に、人に、世界に、大切にされている。

本当に恵まれている。
そのことに感謝をしながら眠りについて、世界に愛を届けられる人になりたい。
誰かのために、働きたい。