慣れる

今日から学校。

6年生の担任の先生たちと、研究授業に向けての話をざっくりと。
「試行錯誤のトンネル」を、他の授業でどんなふうに取り入れていくか。
言語活動や手法が、彼らの「思考の道具」になるためには、慣れがいる。

今日は、B7からEmのコードが、ちょっとスムーズに抑えられるようになって、嬉しかった。
そう、慣れないと、自由に操れないし、思考がストップしてしまう。
思考の道具にするためには、慣れも必要。
つまり、使うということ。遊ぶということ。

演劇的手法が、彼らの学びの方法の引き出しに入って、自由に取り出せて、使えるといいな、と思う。

なんで、いいと思うんだろう。

自分を超えられるから。
想定外の自分にアクセスできるから。
それから、なんだろう。

気持ちの浮き沈みは、相変わらずで、
それでも、ちょっとだけ、立ち直りが早くなった気がする。
メトロノームふりきれたり、また戻ったり。
鍋で白米炊きながら、自分の心をそっくり誰かにあげてもいい、と思う。


 

やさしい声が好き。