「おぼえてるでしょ?」

ロームシアター京都ノースホール。初めて行く。
三連休の京都はすごい人で、着物姿の人もたくさんいて、見とれる。

チェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』。
http://kyoto-ex.jp/2016/program/chelfitsch/


「おぼえてるでしょ? 」

この台詞にぐわりとからだじゅうを持っていかれてしまった。


「おぼえてるでしょ?」


この問いに、うまく答えられはしない、彼は。


そのかなしみ。


彼女は問い続ける。



だまりこむ。



ポスト・パフォーマンストークの中で、彼女は、彼自身が作り出しているものだ、という解釈が語られて、
ああ、そうか、と思う。
あれは彼女であり、彼の中にあり続ける彼女であり。



からだじゅうを持っていかれる、いいお芝居だった。
戯曲が掲載されている雑誌を買って帰ってくる。
声に出して読んでみて、涙ぐみ。



忘れること、覚えていること、時が止まること、歩き出すことの物語。


それは、絶えず、わたしたちの暮らしの中にある。練習として、本番として。

新潮 2016年 04 月号 [雑誌]

新潮 2016年 04 月号 [雑誌]



わたしはわりと、色んなことをよく覚えている方で。
そのことは、多くの場合、悲しいことだ。
だから、「おぼえてるでしょ?」とは聞かない。
「おぼえてるでしょ?」というのは、もっと、別のことが言いたいのだと思う。
その別のことがうまく考えつかなくて、
ずっと、なんだろう、なんだろうって考えながらお芝居を観た。