睦月の終りの街で

いい小説というのは、まるで自分のために書かれた物語だと思わせる力を持っている。

それは、洋服も、音楽も、アクセサリーも同じこと。

昨日、出張に向かう雨の電車の中で読み始めた小説。
今日の研究会の合間で読みつなぎ、あとちょっと、というところ。
帰宅前に読み終えたくて、寒い1月のおしまいの街を喫茶店を探して歩く。
うん、今日の気分は、おしゃれなカフェではなくて、古い小さな喫茶店だった。

ようやく見つけた喫茶店は蛍光灯の明るさと健康的な雰囲気が期待とは違ったけれど、あまりにも寒かったので、よしとして入店。
ダージリンのシフォンケーキとブレンド珈琲を注文する。

1時間弱、読みふけっただろうか。文庫本の角のところどころを、三角に織りながら。ほんの少し涙ぐんだり、顔を覆ったりしながら。

読み終えた後、ページを、びりっ、びりっと勢いよく破り捨ててしまいたいような心地だった。
小説を読んでそんな気分になるのも初めてのことだ。


でも、こういう自分自身の感情の高ぶりみたいなものを、穏やかな日常の底に通奏低音のように響かせることをわりと好んでいる。満たされなさ、というのは、満たされている状態よりも多くの言葉や感情を生み出すし、そこに狂気も創造もあり、少なくとも安心・安全よりは私の心を落ち着かせることになる。

小説を読みながら、とにかく色んな忘れていた記憶がよみがえってくる。

小学校6年生の頃。中学に行ったら、2つ上のあの子に、あの子に絶対いじめられる。あんなことや、こんなことをされるだろう。その不安が私をとらえた。とらえられた不安はやっかいだ。日に日に大きくなってのしかかる。小6の私は、遺書を書いた。本当に死のうと思ったわけではないけれど、書いておかないといけない気がした。大好きなお母さんに、弟に、おばあちゃんに、犬の快くんに、その時好きだった人に、ちゃんとありがとうを言わないといけないって思ったんだな。遺書は、自分の部屋の壁にかかっていた白い額縁に入った林明子の絵の後ろに入れておいた。死ぬには、睡眠薬しかないなと思っていた。痛いのは嫌だったから。そして、小学生の私には、その知識しかなかったから。

中学生になってから、すべては杞憂で、私はいじめられることはなく、ただ、少しにらまれただけで1年をどうにかやり過ごすことができた。重い1年だったけど、なんとか生き延びた。中1の1年は、灰色の記憶ばかり。その後、遺書は捨て去った。捨てる前に、弟にだけは見せた気がする。

昨夜の寝不足&絨毯の上に寝たせいで腫れぼったい目に涙目が重なったまま喫茶店を後にする。
少し歩くと、感じのいい古着屋さんを見つける。白い壁に木製のドア、シンプルで美しい裸電球のあたたかい灯りに吸い寄せられてドアを開ける。

古着屋に来るのは久しぶりだ。

感じのいいご主人と、雪の京都について雑談。
いい紫色のスカートと、レトロなデザインのワンピースが、私を呼んだ。
今日歩いた通りも紫明通りだから、ちょうどいいね。

樟葉に戻って、大好きな小さな雑貨店でもうすぐ誕生日を迎える同僚への贈り物を選ぶ。アクセサリー作家さんが創るハンドメイドのそれらから、私は花の愛らしさを教えてもらう。思わず手にとったひとめぼれのイヤリングも購入。春らしい薄紫の花があしらわれたもの。このお店にちょうど1年前に出会って私の暮らしは少しずつ彩りを取り戻した、と思う。

夜はCarpenters
母のカーステレオで聴いた母の青春の曲を、
私はその後、わりと忘れられない光景とともに聴いてきた。

生まれる時代を間違ったのかもしれない。いつも、少しばかりそう思う。
私が、母の時代に生まれるべきだったのではないか。
母がまだ独身だった頃に着ていたトレンチコートを、今年の冬はずっと着ている。
洋服も、音楽も、建物も、私は少し古いものが好きだ。
私の知らない時代の、懐かしいものが、私は好きだ。
なぜなのかは、わからない。