追悼かいくっく


 

ついに、この日がやってきました。

 我が家(実家)の愛犬・カイくんが、死にました。

 朝、目覚めると、午前4時過ぎの着信と伝言あり。

 おととい、昨日と、もう危篤状態という話を聞いていたので、覚悟していました。

 「カイが死んだ」という伝言を確かめ、布団の中で、驚くほど、淡々と電話をかけたけれど、やっぱり母の声を聞くと、駄目でした。涙がポロポロ。

 
 「最後にやった、サンドイッチと、ポテトスープと牛乳は、全部食べとったわ。」

 「カイは、藤原家の、一番大変な時期を、守ってくれただあな。」

 「鱒留川の堤防に生けてやるわ・・・。」

 ・・・

 外は雨でした。世界も、快の死を嘆いてくれるのか。

 キセルの「君の犬」を聴いてみる。

 驚くほど、淡々と、愛犬の死を受け入れている自分。

 いつもと同じ出勤。いつもと同じミルクティー

 フロントガラスを行き来するワイパーを見ながら、色んな記憶をたどっていました。

 そして、母の朝の言葉を思い出す。

 

 本当に、カイに守られていた。

 カイくんは、1993年2月28日生まれ。あと少しで16歳だった。

 私が小学校4年生になったばかりの春にカイは、奈良の親戚の家から、藤原家にやってきた。

 名付け親は私。『快晴の空のように育ってほしい』と思って、『快』とつけた。ニックネームは、『かいくっく』。これは、弟がつけた。

 

 家に来たばかりの頃からヤンチャで、色んなものをかみ捲くった。

 一方で、すっごく臆病で、家族以外の誰にも、吠えまくった。おかげで、泥棒もよりつかなかった…と思う。

 逃亡癖があり、鎖をちぎって、よく逃げた。そして、探しにいくと、飼い主のことを忘れて、うなりまくった。

 山に連れていくと、野生の犬と化し、いたちをおいかけまくり、私と弟をかみまくった。

 飼い主に似たのか、どうだか、本当にはちゃめちゃで、ヘンテコな犬だった。
 
 真っ白の毛並みが、田舎町の青空と田園の緑に映えた。

 冬には、一面雪で真っ白になってしまう、丹後の地。逃げ出したカイを見つけるのは、大変だった。

 春夏秋冬。季節の匂いがすきなのは、移ろいゆく季節を、カイくんとともに、ゆっくりじっくり散歩しながら味わってきたせいかもしれない。

 
 
 小学校4年生から高校3年生までの8年間。カイと過ごした時間は、私にとっても、家族にとっても変化の大きい時だった。

 家族が互いにいがみあっていても、誰もが、カイのことはまっすぐに愛していた。

 みんな、かわるがわる家から、飛び出して、散歩にいった。カイの素直さ、無邪気さが、癒しをくれた。

 私が、涙を流せば、いつも、なぐさめるように、私の涙を、こぼれおちないように、ペロペロとなめてくれた。

 何度、夜中に、一緒に流れ星を見ただろう。誰にも言えないこと、カイくんとの散歩道に、話してみた。一緒に歌も歌ったし、カイが、道をくんくんしている間、私は舞っていた。

 もう、あの散歩道を、君と一緒に歩くこともないのだね。

 
 
 小学校5年生の私とカイ。らぶらぶ

 クラスの子ども達は、私が何度となくカイの話をするので、名前もよく覚えていてくれていた。

 今日、家から、カイのアルバムを持って学校へ。

 そして、カイが死んだ話をする。

 ただ、なんとなく、聞いてほしかったのだ。カイの話を誰かとしたかったのだ。

 子ども達は、私を直接は慰めないし、でも、存在そのものが慰めだ。

 昼休みに、子犬ごっこをする。

 かわいい犬達が、まとわりついてきた。

 ・・・・

 そうして、いつもどおりに、一日がすぎた。

 驚くほど、私は、いつもどおりに過ごす。

 いつもどおりに子どもと関わり、いつもどおりに授業をして、いつもどおりに食べ、いつもどおりに笑う。

 少しいつもと違うのは、時折、ふっと、カイの死を自覚して、途方もない気持ちになることくらい。


 そうして、谷川俊太郎の詩『これが私の優しさです』を思い出す。

 

 『これが私の優しさです』谷川俊太郎

 窓の外の若葉について考えていいですか
 そのむこうの青空について考えても?
 永遠と虚無について考えていいですか
 あなたが死にかけているときに

 あなたが死にかけているときに
 あなたについて考えないでいいですか
 あなたから遠く遠くはなれて
 生きている恋人のことを考えても?

 それがあなたを考えることにつながる
 と そう信じてもいいですか
 それほど強くなっていいですか
 あなたのおかげで

   

 それほど強くなってもいいですか

 あなたのおかげで・・・・

 そう。

 カイくんのおかげで、私は、こんなに強くなった。

 あなたの死に直面しても、今の私は、仕事が手につかなくなったり、涙に暮れてしまうこともない。

 
 前は違った。思春期の頃は、カイがいなくなることを想像しただけで、おかしくなりそうなくらい、怖くて、不安だった。それほど、あなたの存在は大きく、あなたを失うことは、自分を失うことのように思っていた。

 私と、ともに時間を過ごしてくれたカイくん。本当に、あなたに守られていたよ。あなたは、何も言わないけれど、そんなあなたといることで、私は私になっていった。今の私がいるのは、あなたと過ごした時間があったから。

 カイくんのおかげで、こんなにも強くなり、私は、あなたがいなくなった今日も、いつもどおりに仕事をし、いつもどおりに生きている。

 カイくん、ありがとう。ほんまにありがとう。私、もうカイくんいなくても、生きていけるしな。だから、安心して、天国で、安らかに眠ってな。

 カイくん、あなたと過ごした時間は、本当に本当に楽しかったよ。幸せだったよ。

 藤原家を守ってくれて、ありがとう。16年。こんなにも長生きしてくれた。私達家族が心配で、なかなか死ねなかったのかもしれないね。長生きしてくれて、ありがとう。もう、大丈夫だからね。

 かいくっく、かいくっく・・


 弟と、快と、私。ほんまにかいは、男前や〜。足も長くて、走りも速くて、ハンサム。ちょっとアホやけど…快くん当時1歳半。

 “さよならなんかじゃない。悲しいことじゃないのさ。

 出会えたことがすべてさ。さびしいときは、空を見上げて・・・。”

 音楽座ミュージカル 星の王子さま 『輝く星』より 


 

 散歩道を、疾走するかいくっく。誰にも、彼を止められない。

 Kaicook...I am thinking of you....