ロンドン10日目。
今日は、土曜日。ということで、ポートベローマーケットに行くと、決めていました。土曜日にやっている、蚤の市です。
外に出ると、まあ!いい天気だこと!
大晦日から、昨日までは、曇天だったのに、今日は、青空が広がっています!う〜ん、幸せ!
バス停でバスを待っていると、お年寄りのご夫婦に、尋ねられます。「え?ポートベローに行きたいの?私もいくよ〜、一緒にいきましょう!」ということになりました。ロンドン、ちょっと慣れてきたね。
ポートベローマーケットは、ロンドンで行った蚤の市の中では、ダントツに素敵でした。
道には、ところ狭しと、アンティークを扱ったストゥール(お店)が。人もめっちゃいっぱい!色々、立ち止まって、見て歩くのが楽しいです。朝・昼兼用で、スタンディングでタイ料理。パクチーyum,yumです。
それにしても、ロンドンの街並みは、素敵!!ミニクーパーが、いたるところに走っているけど、本当に、ロンドンの街に、よく似合いますね。
建物がかわいい。壁の色がいい。外灯がシンプルで素敵。街並みに、どことなく、統一感がある・・・
ショーウインドウも、カフェの看板も・・・うっとりするものがいっぱいです。
でも、私は、日本が、大好き!我が家は、昭和テイストだし、畳でゴロゴロするのが幸せだし・・・もちろん将来は、縁側のある家に住みたい・・・でも、やっぱり、ヨーロッパの家々や、建物は、永遠の憧れだなぁと、思うのです。
そんなことをぼんやり考えながら、ケンジントン公園へ・・・と思ったら、デモ。
ガザへの空爆への抗議デモに遭遇しました。
『FREEDOM FOR PALESTINE』
『STOP THE HOLOCOAST IN GAZA』
『Boycott Israel Goods』 ・・・
いろんな看板を持った人がひしめいている。
初めて遭遇する光景。なぜだかわからず泣きそうになる。しばらく、その光景を見ていました。
あたりは、続々とポリスが集まってきて、物々しい雰囲気。
昨日、小鹿さんの日記から飛んで、以下の文章を読んでいたから、色々、思うことがありました。
はなれ「Attack on the GAZA」
http://hanareproject.net/hanaremedia/note/
Think Globally, Act Locally...です。
私のfighting Placeは、日本の社会。日本の教育現場。今、イスラエル・パレスチナで起きていることを初めとし、世界のことを考えながら、自分の目の前の子ども達、まわりの人々を、まず幸せにできるよう、自分にできることをしていこうと思います。
そうやって、生きていくと、決めた。私は、日本で、日本の子ども達のために、何かするのだ。
アメリカに行って、そう思いました。
アメリカのホームレス施設や、女性のためのシェルターで、ボランティアをして・・・そう思いました。
大切なものは、一番近くにある。
そう感じるために、そのことに気づくために、私は、遠くにいったのでしょう。
ロンドンの地下鉄には、IKEAの広告があふれている。
それには、こう書いてあります。
『Home is the most important place in the world.』
3年前、エリカとヨーロッパに旅に出たときの結論は、「旅は、帰るためにする。」でした。
どうして、私は旅に出るのだろう。
家が大好きなのに。
きっと、家が大好きだから、旅に出るのですね。
大切なものを、大切と正確に、十分に、感じるために。
いろんなものは、相反しています。
1番簡単なことは、1番難しい。
愛するからこそ、嫌いになる。
幸せだからこそ、不幸で。
私の中には、常に、二つの感情が存在し、揺れ動いています。
家にいると、閉じ込められているとさえ、思ってしまう。ああ、旅立たなければ、ここではない、どこかへ!
そんな思いに駆られます。
で、旅に出ると、孤独です。
帰るべき場所を、探している。
その繰り返し。
そうする中で、私は、あたり前の大切さに気づき、少しずつ、人生の意味を深くしながら、幸せになっていくのだと思う。
中学生の頃、大好きだったドラマがありました。大好きなんてものではなく、自分の生き方のバイブルに近いもの・・・それは、『世紀末の詩』という、野島伸司原作のドラマです。
そのドラマは、「愛とは」というテーマを、追求していくものでした。失恋したばかりの私には、かなりヒットなドラマで、毎回、涙なくしては見られないものばかり・・・ビデオにとって何回も見て、友達と、その内容を語り、本も何度も読み、サントラも繰り返し聞きました。
そのドラマの最終話・・・
主人公の野亜(竹之内豊)が、盲目のふりをして、観覧車にのっている絶世の美女と、「愛」について話すシーン。
そこで、このドラマが、追求してきた、「愛とは」に続く、言葉が語られます。
それは・・・
「愛とは、冒険だから」
絶世の美女のだんなさんは、冒険家で、愛する彼女をおいて、いろんな山に出かけます。しかし、山登りの間に、帰らぬ人となります。
愛する人を失った悲しみ、また、自分のところに居てくれなかった恋人への恨み・・・それらが、女性を苦しめます。
・・・・
とどまることが、愛ではない。
同じ方向を見つめながら、時に離れ、互いの存在の大切さを感じることが、本当の愛。
愛とは冒険・・・
・・・・
ということで、私は、日本を、我が家を、そして、私のまわりの人々を愛するがゆえに、時に、離れるのでしょう。今も、そして、これからも。
幼いころ、母が帰ってこないのが不安で、不安で、ふとんの中で心配で泣いてて・・・車のライトが見えたとき、体全体に広がる安心感・・・そうやって、離れ、不安になることで、愛は、育まれていくのかな、と思います。
大好きなものとは、ずっと一緒にいないほうがいい、と思います。それが、大好きなものを、もっと、大好きになり、もっと大切にする方法。
でも、一緒にいたいんだけどね!
麗美、僕の愛する麗美…
ときどき君のそばを離れる僕を、どうか許して欲しいんだ
愛する麗美
君を愛するゆえに、僕は時に違う景色を見つめなければならない
僕がとどまることは、いつか愛そのものすら停滞させてしまうものだから
ああしかし一方で僕は、この肉体をなくしてしまうかもしれない
この山の頂きに抱かれて
それでも僕の魂は決して消えることはないだろう
いかに離れていても決して
麗美、僕の愛する人
僕の心をいつか、いつかわかって欲しい
たとえ僕が死んでも、魂が君に伝えてくれるはずだ
そして君もまた、僕だけのアンテナの中で捕らえてくれるだろう
僕は君のために、そして僕たちのために、時に離れる必要がある
どんなに今愛していても、その愛を守るために…
僕はもうすぐ肉体を死なせてしまうだろう
しかし、僕のことを許し、理解し、そして永遠に愛して欲しい
僕もまた君をそうするだろう
この肉体が死んでなお…
なぜなら愛とは…
唯一の真実の愛とは、互いの愛を確かめ合うための…
愛とは…冒険だから
『世紀末の詩』 第11話より 野亜の台詞