「白紙」という不自由

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ロンドン5日目。

わお、もう5日もいるんだ。

今日は事情で、また6時に目覚める。

朝からランドリーで洗濯。日本から洗剤やネットを持ってきてたので、それでぱぱっと、くるっとね。

一回のお洗濯にかかるお金、£1.5。乾燥機は、£0.2で、数分間。なかなか乾かず、数回くるくる。

朝ごはん。毎日、一緒はやだな〜、ベーコンと目玉焼きが食べたい・・・と思ってたら、本当に今日はメニューが変わって、ベーコン&エッグ。幸せ!

体調がいまひとつなので、朝はだらだらする。ほったらかしにしていた、お金の計算をしてみる。

旅にかかったお金やらを、電卓片手に、計算・・・恐ろしい。今、円高だから、まだ救われているけど、£1=220円の頃に来てたら、生活できてないなあ、と感じる。イギリスの物価高を、改めて実感。

あと残り、無駄遣いしないように・・・ロンドンの救われるところは、ミュージアムや、ギャラリーが入場無料で入れるところがいっぱいあるとこ。観光には、あんまりお金は使わないですみます。

バッキンガム宮殿、ウィンザー城、ウエストミンスター寺院・・・はなやかな見所いっぱいのロンドン。

でも、お城や、寺院は、また今度でいいかな〜と思うねん。また来るだろうし、今は、寒いし、1人旅だし、そういう華やかなところより、じっくり、ぶら〜っと、時間をすごせるところに行きたい。そういう気分。

ヨーロッパは、いつか、母を連れて来てあげんとなぁ・・・最近、自分ばかり旅をしているので、しきりにそう思う。母は、図書館司書で、ガーデニングが趣味。ピーターラビットに、イングリッシュ・ガーデンは、いつか、母と来るときにとっておこう・・・と思う。

さてさて・・・

今日のプランは2つ。

1.テート・モダンに行く。
2.ポストカードを書いて、出す。

ということで、ユースを出て、ミレニアム・ブリッジを渡ったら、すぐの所にある、ギャラリー『テート・モダン』へ。

近現代のアート作品が展示されている、大規模なギャラリー。もともと、水力発電所だったらしくて、建物の概観も、中の造りもおもしろい。休憩スペースや、窓も、赤色が効いてて、かわいい!

☆☆☆

Miroslaw Balkaという作家の『soap and stainless steel』という作品を見て、一瞬で虜に。

あああ!これ、家にほしい!と思った。

使い古しの石鹸が、ずら〜っと、スチールに連なっている。天井から、床まで。色とりどりで、なんとも、かわいらしい。

「並べる」

それだけで、新しい美しさがあるんだね。

小さい子どもが、よく、「おもちゃならべ」をする。

私、覚えているよ。

まだ、保育所に行ってたころ。弟が、おもちゃの車を、ずっと並べた。「くるまならべ〜」って、ならべてた。お母さんが、それ見て、笑ってた。覚えているよ。

子どもたちも、そのおもしろさと、美しさを、十分に知っているんだ。

「かがくのとも」にも、「せんたくばさみ」を、いっぱい並べたり、組み合わせたりする遊び方がのっている。これも、いつか子ども達とやってみたいことのひとつ。

フレームひとつつけるだけで、遊びが、形になって残る。
写真にとってみるだけで、遊びの持つアーティスティックな部分が強調される。

何かを創り出すとか、絵が上手になるとか・・・そういうことに図工の時間の目標がいきがちだけど・・・

偶然できた創作物の価値や、上手になろうとしない絵、生活の中にある美しさを発見する図工の授業が、どうして出来ないのだろう?


私は、白紙の紙に絵を描くのが、すごく苦手だった。

すべての創造の責任を、自分に委ねられることに、困惑した。

皆が同じ、長方形の、整った、白い紙を渡される。

裏表の使い方を間違えただけで、笑われた。

絵を描く、その前に、私は、縛られていた。もちろん、そこから生まれる発想も、縛られたものになるわけで・・・。

その白紙の用紙が、破れていたら、そこから、発想が広がったかもしれない。

その用紙に、染みがいくつかあったなら、物語が生まれたかもしれない。

白紙というのは、親切なようで、私には、不自由きわまりないものだった。無論、その頃の私は、自分に想像力が無いからだ・・・と、自分を責めるだけだったけれど。

ノートや、テスト用紙の裏の落書きのほうが、よっぽど、自分の気に入る絵がかけた。
自然と、手が動いてしまうとき、それは、創造したくなるような誘惑にかられるとき。

小さな子が、おもちゃを、どんどん並べてしまうように・・・。

創造の責任をとらない。間違いこそが、クリエイティブ。いつのまにか、作品ができている。作品に潜むアーティスティックな価値を発見する。

これらのキーワードは、インプロとも、共通するけれど・・・こういうことを意識した授業作りをしていかないといけないと思う。これは、図工だけじゃない。すべてにおいて。創造性を育てたいと思ったならば。


インプロ教育―即興演劇は創造性を育てるか?

インプロ教育―即興演劇は創造性を育てるか?

アメリカでは、午前中の授業は、ほとんど、Language and Artsだった。「国語」とか、「図工」じゃないんだよ。物語を読んで、そこから作品を作るってことが、同じフィールドの中で、自然に行われていた。

いかに、くだらない枠組みにしばられているのか。系統立てて行うことが、一番、効率的と思われているから、そういうふうにカリキュラムが組まれるわけだけど、はっきりいって、それほど、つまらないことはない。

順番にやることが、どれほど、退屈か!

私は、本を読むときも、絶対最初から読まない。最初から読むと、イライラするから。まず、最後のページを読んでしまう。それから、目次。次に、おもしろそうなところから読んで、ひっかかったら、その箇所を探して読む。そうやって、自分の中で、物事の理解をつなげていく。

ケーキの作り方みたいに、順番どおりにやっていくことが、一番上手に出来るとは限らないんだ。そういうことができる人間が求められていない。創造性を育てようと思ったら、現行の教育カリキュラムでは、無理が、いっぱいいっぱいある。。。

うちの市で小中一貫校を建てる計画があるけど、どうせ新しい改革をやるつもりで、学校を建てるなら、「中1ギャップの解消」なんてことばかり言ってないで、今のカリキュラムを逸脱するような内容を盛り込んでほしい・・・と、意見書には書いてみたけれど・・・。


なんて、ぐるぐる考えながら、作品を見てまわる。

ほかにも、いっぱい発見や、ひらめきがある。

『図工の授業で、こんなの作りたいな〜』

『こういうプランで、助成申請を出したら、どうだろう??』

『こういう作品を作ろうと、思ったら、きっと、こうして、こうして・・・』

『こういう立ち位置で、子どもとかかわりたい・・・』

そっか・・・このひらめきのために、今回、ロンドンに来たのかあ・・・そう思えるような時間だった。きっと、そうだ・・・。そうだったんだ〜。うれしい〜!付箋に、メモ、メモ。

10月に東京に行ったときもそうだった。「あ、私、絵に出会いにきたんだ。。。作品からもらうインスピレーションが、次の自分の人生につながっていくんだ。。。そう思った。

ショップでも、子ども用のアートの本を物色。ほしい、ほしい・・・でも、高い。色がすごくきれいで、中身も、センスよくって・・・今日は買わなかったけど、たぶん、最終日には、ふっきれて買ってしまう気がする・・・。


その後、テムズ河沿いを散歩。どこかのカフェで、ポストカードを書こう・・・と思って歩いているが、「ここ!」というところに行き着かない。歩いて、歩いて、歩いて・・・もうめげそう。

私、どこは行くんだろう・・・そう思いながら、歩き続ける。

すると、なんと、タワーブリッジまで来てしまった。ありゃりゃ。これは、渡りなさいってことね・・・。

♪London Bridge is fallen down, fallen down, fallen down♪という歌は、このブリッジのことだろうか。「跳ね橋」という言葉が素敵よね。粋です。

寒い、寒い・・・今日の風は、とびきり冷たい・・・。

かれこれ、1時間くらい、彷徨って、もうどうでもよくなって、SUBWAYで、サンドイッチを食べる。そして、郵便局の前にスタバを見つけて、入る。

そうそう、どうでもよくなるんだよね。それくらいまでこだわるのは、大事。

くだらないんだと思う。多くのことは。

でも、そのくだらないことが、人生を美しくしているの。

私、旅に出て、心底、インドア派だな〜って思う。家で、ずっと本読んでるのが、好き。そのことの幸福に気づくために、こうやって、一人で遠くまで来て、どこへともなく歩いて・・・

私、何がしたかったんだろう・・・ふと思って、やっと、素直にお家に帰れる。それくらい、遠くに来ないと駄目なんだ。

何もかも、そういうことの繰り返し。

「くだらないことに、一生懸命になれる君たちは素晴らしい!」・・・「明日の教室」で聞いた、仲里先生の、その一言が好きだった。

人生の本質。