いつもと同じ秋

お昼ごはんにcafe tabitabiへ。

いつもの道を通って、
いつもの角を曲がり、
いつもの駐車場に車を止めて、
いつもと同じカフェに入り、
いつもと同じ窓際の席に座り、
頼んだのは、いつもとは違うシナモントーストと、
いつもと同じアイス・カフェオレ。

そして、いつもと同じように、
しかし、先週よりもゆっくりと
窓の外を眺める。

秋をたっぷりと過ごすには、この街に来ることだと。
2006年の秋をこの街で過ごして以来、秋にはこの町に度々訪れる。

7年前、新しい町に住み始めた時、色んな場所に行きたかった。
知らない世界を知りたかった。

でも今は、いつもの場所に行きたくなる。
いつもの場所に帰りたくなる私がいる。

同じことを繰り返すことのできる幸せや、
いつも通りという安心。

がまくんとかえるくんのお話の世界のような、
小さな町の小さな1日。
秋の匂いの立ちこめる。

キラキラ、という形容詞をつけられることを、
かつての私は喜んだけれど、今の私は、それが似合わないことを知っている。
外から見える世界と、内の世界は違う。
でも、それはのぞいてみないとわからないね、と
隣り合った人と話す。
「あっち」と「こっち」のお話。
そのどちらもを内包したまま、生きている。
そこに物語がある。

どのようにも紡ぐことのできる物語を、
誰かが編み、語りたいように語る。
自らも編み、語りたいように語る。
時に、他者と出会い、本や言葉と出会い、
それらをほぐし、編み直しながら。

『やまなし』(宮沢賢治)の学習で、子どもたちから出た問い。
「なぜ、主役がカニなのか」・・・。
『イーハトーヴの夢』も手がかりにしながら、私たちは、川底の世界、小さきものの住む世界に心を寄せた賢治を想う。

鳥山さんが亡くなったという知らせ。
心の中に住まう人。

懐かしい人たちに会った日。
あの頃、二階堂和美とも出会った。

”いまのすべては、過去のすべて”(二階堂和美)…と歌う映画「かぐや姫の物語」を観に行きたいな。